東京地方裁判所 昭和34年(ワ)3022号 判決 1963年4月19日
判 決
東京都練馬区貫井町四一四番地
原告
長谷川正一
同所同番地
原告
長谷川知恵子
同所同番地
原告
長谷川達
右三名訴訟代理人弁護士
天野弘毅
東京都中央区日本橋芳町一丁目四番地
被告
山友産業株式会社
右代表者代表取締役
山本晨一朗
右訴訟代理人弁護士
藤井滝夫
右訴訟復代理人弁護士
塚田喜一
野村宏治
右当事者間の昭和三四年(ワ)第三、〇二二号株券返還請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。
主文
被告は、原告長谷川達に対し、江戸川化学工業株式会社株式一〇〇株の株券を引渡せ。
もし、前項の株券引渡につき、強制執行が効を奏しないときは、その限度において、被告は原告長谷川達に対し、一株につき金七一円の割合による金員を支払え。
原告長谷川達のその余の請求は、これを棄却する。
原告長谷川正一及び原告長谷川知恵子の各請求は、これを棄却する。
訴訟費用はこれを一〇分し、その九を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。
この判決は原告長谷川達の勝訴の部分に限り、仮りに執行することができる。
事実
原告ら訴訟代理人は、「一、被告は、原告長谷川正一に対し、金九七、〇〇〇円及びこれに対する本件訴状送達の翌日から右完済に至るまで年六分の割合による金員を支払い、かつ、原告長谷川正一に対し、別紙目録第一記載の株券を、原告長谷川知恵子に対し、別紙目録第二記載の株券を、原告長谷川達に対し、別紙目録第三記載の株券を引渡せ。二、もし、右株券の引渡につき、強制執行が効を奏しないときは、その限度において、被告は原告長谷川正一、原告長谷川達に対し、日本農産工業株式会社株式については、一株につき金三七〇円、原告三名に対し、江戸川化学工業株式会社株式については、一株につき金七一円の割合による金員を支払え。三、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに第一、二項につき担保を条件とする仮執行の宣言を求め、(以下省略)
理由
被告が東京穀物取引所の会員兼仲買人であること、被告が原告長谷川正一から昭和三二年一二月四日金四七、〇〇〇円の預託を受けたことのほか、金五〇、〇〇〇円及び各原告ら名義の別紙目録第一ないし第三記載の合計四、八〇〇株の株券の預託を受けたことは、当事者間に争いがない。
よつて被告の抗弁について判断する。
(証拠―省略)を綜合すれば、訴外鎌田は、昭和三二年七月頃から原告正一の依頼により穀物取引の情報等を送付していたことがあり、同人は穀物取引に通暁していたことから、原告正一は同年一〇月頃訴外鎌田に対し穀物取引を依頼し、同人を原告正一の代理人として訴外明治物産株式会社との間に穀物取引を開始したことがあり、右取引の結果金四七、〇〇〇円の利喰金が出たので、原告正一は同年一二月四日訴外鎌田をして被告に対する穀物取引の委託証拠金として右四七、〇〇〇円を被告に預託させ、次いで原告正一は同月一四日訴外鎌田をして本件四、八〇〇株の株券を、昭和三三年二月一五日金五〇、〇〇〇円の証拠金をそれぞれ預託させたこと、訴外鎌田は原告正一名義をもつて昭和三二年一二月四日から被告と別表第一、第二記載の小豆及び大手亡の取引(ただし別表第一、第二の取引中昭和三三年四月一〇日以降の取引を除く。)をしたこと、訴外鎌田は被告と右取引を開始してから昭和三三年二月初め頃まで売付並に買付報告書を原告正一に送付していたが、原告正一からはその間別段異議の申出を受けたことがなかつたことが認められる。ところで、穀物取引のように時々刻々に価額が変動し、瞬時に損益を争う必要のある取引にあつては、その代理権の範囲についても普通一般の取引のように個々別々に代理権を付与することはむしろ少く、又委託証拠金についても、右のような取引の実状からみて、これが必要の都度差入れるのが通例であつて、将来の取引に備えて数回にわたつて予め証拠金を預託するというが如きは異例に属すると解せられるところで、右事実によれば、他に特段の事由の認められない本件にあつては、原告正一は訴外鎌田に対し単に証拠金預託についての代理権のみならず、穀物取引の委託をするについての包括的代理権をも授与し、被告に対し穀物売買の委託をすることを委任したものと認むべきであり、訴外鎌田のした前記別表第一、第二の取引は原告正一に対しその効力が生ずるものというべきである(ただし別表第一、第二記載の取引中昭和三三年四月一〇日以降の分を除く。)。この認定に反する原告長谷川正一本人の供述(第一回)は措信し難く、他に右認定を左右するにたる証拠はない。
しかるに、(証拠―省略)に、弁論の全趣旨を綜合すると、原告正一はもともと穀物の買付を希望していたにも拘らず、訴外鎌田は売玉を建てたことから両者の間に意見の齟齬をきたし、原告正一は昭和三三年四月一〇日本件取引の受託を扱つていた被告会社の池袋出張所に赴き、従来訴外鎌田のした原告正一名義のすべての取引を否認し、同出張所の係員に対し、右取引は自己の委任したものでない旨申し向けるとともに、原告正一は自ら別途に長谷川正子名義をもつて同所において小豆の取引を委託し、訴外鎌田のした建玉についてはこれを放置し何らの処置をとらなかつたこと、当時本件取引の帳尻は金二三九、〇〇〇円の欠損となつていたので、訴外鎌田はこれ以上欠損が膨大するのを防止するため、同月二三日自ら金三〇〇、〇〇〇円を調達のうえ、これを原告正一名義の本件取引の追証拠金として被告に預託し、当時残存していた別表第一記載の第三九回及び第四〇回の小豆の買建玉、別表第二記載の第一三回から第十五回の大手亡の買建玉を同日これらに対応する建玉欄記載のように反対売買して手仕舞とし、次いで別表第一記載の第二一回の小豆の買建玉、同第三七回の小豆の売建玉、別表第二記載の第一二回の大手亡の売建玉を四月二五日の納会においてこれらに対応する建玉欄記載のように反対売買により手仕舞とし、別表第二記載の第一〇回の大手亡の売建玉を両建とするため、同月三〇日同表記載の第一六回の買建玉欄記載のように反対売買して手仕舞をしたこと、ところが同年五月一〇日に至り中共が日本に対し大豆等の輸出を全面的に停止するとの中共からの電報が報道されるに及んで、小豆、大手亡の価額が急騰したので、被告会社としては、本件残存売玉を放置するわけにゆかず、原告長谷川正一に追証拠金を預託させるか、買玉を建てて両建とさせるか、又は手仕舞をさせるかの事態に立ち至つたので、訴外鎌田に対し善処方を求めたところ、同訴外人は同月一二日別表第一記載の第三五回、及び第三八回の小豆の売建玉を両建とするため、別表第一の第四二回買玉欄記載のように六月限一〇枚を買建て、別表第一記載の第三六回の小豆の売玉を両建とするため、別表第一の第四一回買玉欄記載のように五月限一〇枚を買建て、別表第二記載の第一一回の大手亡の売玉を両建とするため、別表第二の第一七回の買玉欄記載のように五月限一〇枚を買建てて両建とし、これらを、それぞれの対応欄記載のように五月二八日及び六月二五日の納会において反対売買により手仕舞として建玉の決着をつけたこと、なお被告は昭和三三年二月一四日本件取引によつて生じた利喰金中金五八、二〇〇円を訴外鎌田に支払つたほか、同訴外人は同年六月二六日原告正一のため金二一、六〇〇円を本件取引の証拠金として預託したこと、したがつて、本件取引の結果はなお金五一四、六〇〇円の欠損となるので、被告は原告正一に対し、右未収金の支払を求めたが、原告正一は右支払に応じなかつたので、被告は受託契約準則第一四条の規定に基き昭和三三年八月七日証拠金代用証券として保管中の原告達名義の江戸川化学工業株式会社の株式一〇〇株を除くその余の同会社株式二、七〇〇株を金二五八、八〇四円で、同月一一日前同様日本農産工業株式会社の株式二、〇〇〇株を金三四〇、六八一円で売却し、右代金をもつて未収金の弁済に充当したこと、その結果金八四、八八五円の剰余金が生じ、被告において右金員および前記原告達名義の一〇〇株の株券を原告正一のため保管していることが認められる。
右にみたとおり、原告正一は訴外鎌田のした建玉を承認せずこれを自己の取引として決済することはこれを期待しえない状態にあつたのであるから、同訴外人が昭和三三年四月二三日以降その建玉を反対売買により手仕舞としたことは委任終了後の措置として当然であり、また、建玉が経済界の急変により委任者の損失を拡大させることが必至の情勢にあるにかかわらず、委任者がその建玉を自己の取引と認めずこれを放置しているような場合は、その損害の拡大を防止するため委任終了の後であつても、なお、その玉を両建とすることができるものと解すべきであるから、訴外鎌田が同日以後残存建玉のため反対の玉を建てて、両建とし、その限月に手仕舞をしたことも至当であり、ともにその措置は原告正一に対しその効力を生ずるものといわなければならない。したがつて、別表第一および第二の本件穀物取引によつて生じた前記金五一四、六〇〇円の欠損は原告正一の責に帰し、同原告においてこれを填補すべきものというべきところ、同原告は右支払に応じなかつたのであるから、被告が前記受託契約準則の規定に基き本件株券を処分したことは適法であり、その効力は原告正一に生ずるものといわなければならない。
しかして、原告長谷川達が前認定の被告保管の江戸川化学工業株式会社株式一〇〇株の株主であることは、当事者間に争いがないから、被告は原告達に対し、右株券を返還すべき義務あるものというべきであり、本件口頭弁論終結の日である昭和三七年五月一〇日に接着する江戸川化学工業株式会社の東京証券市場における一株の株式の時価が金七一円であることは当事者間に争いがないから、もし右株券の引渡につき強制執行が効を奏しないときはその限度において、被告は長谷川達に対し、一株につき金七一円の割合による金員の支払をなすべき義務あるものといわなければならない。
以上により、原告長谷川達の請求は、右一〇〇株の株券の返還及びこれが損害賠償の支払いを求める限度において理由があるものというべきであるが、同原告のその余の請求及び原告長谷川正一、同長谷川知恵子の各請求は、いずれも失当というほかはない。
よつて、原告らの請求は主文第一、二項掲記の範囲においてこれを認容し、その余はこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九三条を、仮執行の宣言について、同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第八部
裁判長裁判官 長谷部 茂 吉
裁判官 白 川 芳 澄
裁判官 宍 戸 達 徳
目録および別表(第一)、同(第二)(省略)